対向車に突っ込んで死んだらよかった

仕事 comments(0) trackbacks(0) しの☆まゆみ〜な
アタシは、確かにへたれドクターや。頻繁に休むし、仕事も遅い。あちこちのラボを渡り歩いてても、いつも欠勤のおかげで1年以内にクビになる。この10年で実質働いたのは、ようよう5年あるろうか・・・
せやき、仕事も大事なこと任されたりしたことない。その場その場で、実験の手順を習うてそのままやりよっただけやき、基礎がなってない。知識が中途半端、手技も中途半端。制限酵素処理さえ、まともに出来ん。
DNAの取り直しをして、そのDNAの状態を確認するために制限酵素処理をしゆうけど、どうしても綺麗に切れん。DNAが悪いのかと思って、昨日培養からやり直そうとしよったら、ポスドクさんが来て、そのDNAを使って、制限酵素処理をしたらちゃんと切れたき、培養のやり直しより、失敗しても良いように、スケールを小さくして代わりに制限酵素を3種類にしてやるように、って言われた。
4clones、3coloniesずつ、3酵素。失敗のないように、慎重にやって、処理を始めれたのが、16時半過ぎ。処理に1時間はかかる。そのあと、泳動に1時間。エチブロに20分。FIGEもせんといかんき、昨日のうちに結果を出そうとしたら、早くて7時。残業せんとは言わんけど、昨日は体調も悪かったし、はよう帰りたかった。今日の午後、泳動したらえいと思いよった。
午前中はFIGEのscanやら解析やらでつぶれて、午後、ミニゲルを作りよったら、パートさんがmupidを2台使おうとしよった。パートさんは4時までやき、50分ほど待って、mupidが空いてから、2台で2枚(2clones)流した。あんまりえい結果やなかった。3枚目を流してみてから、ポスドクさんに見せようと思いよった。
ポスドクさんみたいに綺麗な結果が出んき、何となく見せづろうて、「何でこんな結果になるンやろ?」って考えよったら、ポスドクさんが来て、「制限酵素処理の結果はどうなりました?」というので、3枚の写真を見せたら、結果的に、「DNA云々じゃなくて、腕の問題」とばっさり。ちょっとでもヒントになったらと思うて、「mixを作るところからですか?」と聞いたら、「初めから見ていないから、それは分からない」とどめに、「SHINOさん、この結果を出すまでに、基本的に遅すぎ」
確かに、昨日遅くなっても流すべきやったかもしれん。7時8時なら、今までのラボなら残業のうちにも入らん位や。毎日9時10時が当たり前のラボやってあったンやもん。けど、結局それで体力使うてしもうて、欠勤してしまうきん、あんまり残業したくないのが本音。

「基本的に遅すぎ」・・・確かに、できるだけ並行して仕事をこなすようにしゆうけど、ポスドクさんに比べたら、全然仕事してないみたいなもんかも。

でも、この10年、あたしはあたしなりに精一杯のことをしてきたつもり。病気抱えて、必死で生きてきた。
「どうして、こんなこと言われないかんがやろう」「どうして実験が出来んがやろう」
そう思うと、気持ちは10年前にさかのぼる。「アタシのせいなん?」
けど、誰のせいにも出来ん。家には家の、アタシにはアタシの事情があっても、一旦外へ出たら、全部自分で背負わないかん。
アタシのせいやない。あたしが好きで病気になったわけじゃない。苦しんで苦しんで苦しみぬいた10年やった。
けど、一昨年千葉へ行って、あの女がどうしようもないクズやって分かって、ホンマに誰のせいにも出来んなった。誰かのせいにしたちしょうがない。全部自分で背負うしかない。

そう思うて車運転しよったら、対向車のヘッドライトを見るたび、「このまま突っ込んでしまいたい」と何べんも思うた。けんど、赤の他人を巻き込んで死ぬわけにはいかんもんね。

家へ帰って、もそもそ夕食食べて、母に事情を話したけど、いまいち反応が鈍くて。悲しゅうなって、泣きそうになったき、布団に潜り込んだけど、母はやっぱりトンチンカン。いらんことを言うき、ぼろぼろぼろぼろ涙が出てきて、いつの間にか泣き寝入りしちょった。

4月からの更新が決まって、Rちゃんとドクターにはホンマに心底感謝しゆう。けど、両親には感謝してない。両親は、アタシの奴隷やもん。10年前に、あの女の味方ばかりして、両親は、アタシを捨てたンやもん。10歳の時に実質的に捨てられちゅうき、今更拾われても心の傷は消えん。心底恨んじゅう。ホンマの感謝なんか出来ん。

誰かのせいにしたらいかん。全部自分で背負わないかん。・・・わかっちょっても、辛い。
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