シャッター開けて寝るとか・・・ムリ。

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今日は、病院へ行ったり調べ物をしたりしていたので、新しい写真がありません。






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という訳で。

2週間に一度の病院に行ってきました。

今回、一番相談したかったのは、「睡眠をコントロールできない」ということについて。昨日、おとといは、夜の8時とか6時とかに目が覚めて、それぞれおよそ18時間ほど寝ていたことになります。一方で、昨夜は眠剤を飲んでも寝られず、結果的に徹夜になってしまいました。

この3日ほどは特に極端だった訳ですが、全体として、起きられる日は朝の6時とかにパチッと眼が覚める。けど、起きられない日は午後遅くまで目が覚めない。

ずーっと朝起きれない訳ではないけど、起きれる日起きれない日を、自分でコントロールすることも「明日は起きれるor起きれない」と予測することもできず。

これを何とかしないことには、まともに生活できません。

結論としては、ベストなのは、雨戸(うちはシャッターですが)を開けて寝ること、だそうです。朝が来て、外から朝の光(太陽光)が入り、体のスイッチを入れてくれる、ことが鬱で体内リズムが狂っている人間には有効、というか必要らしいです。20分くらい外を散歩できればなお良し、だそうで。

が。わたし、幼少のころから、雨戸を閉めて戸締りをしっかりして寝る、と刷り込まれていて、そうでないと怖いんですよね。そうそう泥棒が入ったりしないとは思うんです、2階だし。でも、祖父が大阪で商売をしていて防犯意識がとても高かったのを引き継いだ母に育てられたので、「万が一」っていう、極論すれば強迫観念みたいなものがあるんですよね。

で、代替案として、LEDライトで陽光を浴びたのと同様の効果がある商品があるとのことで。先生曰く、

「2,000円くらいだったら買ってみて」

だそうです。

今日は、もう遅いので、(探し始めるとやめれなくなるから)明日、探してみようと思います。


「こむぎとおさんぽいったら、0えんですわんよ?」

・・・だね。

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ごめんね。

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ごめんね。ほんとに、ごめんね。

皆、いっぱい、いっぱい、ごめんね。

こむぎ、お散歩連れてってあげなくて、ごめんね。

イライラ、いっぱいしちゃって、ごめんね。

福ちゃん、せっかく甘えてくれたのに、ぽいちょ、ってしちゃってごめんね。


幸ちゃん、イライラオーラ、怖いよね。ごめんね。


なんだか、心の不調が、どんどんダメな方へダメな方へ向かっています。

自分一人なら。自分の殻に閉じこもっていればいい。苛立ちが強いなら、大きな音で音楽かけてもいい。喚いたっていい。

けど。こむぎと幸福兄妹がいるから。皆、敏いから。隠そうとしても、全部伝わっちゃうから。

大きな声なんか出したら、なんにも悪くない、こむぎたちが怖い思いしちゃうから。

だから。薬飲んで、今日はもう寝よう。何にもイライラしないところへ、自分を置かなくちゃ。

ごめんね、みんな。

引きずり込まれる感覚

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昔。抑うつがとても酷かったころ。出向先の大学で、校舎の外階段の踊り場に立って下が見えてしまうと、頭がふわーっとして下へ引きずり込まれる感覚がした。

それは、希死念慮ともまた違う気がして。もちろん、手すりを乗り越えて飛び降りたい、と思っていたわけでもなくて。ただ、感覚として引きずり込まれるって感じて。さらには、地面がすーっと近づいてくる感覚もして。最後には、自分が地面に叩きつけられる、と思う。

東京にいたころは、ホームに立ってて電車が入ってくるのを見たら、ふらふらとホームの端へ歩きだそうとする自分が居て、ダメだダメだ、何今の?って思ったり。

経験したことのない人には、たぶん伝わらないと思うんだけど。それって結局死にたい死にたいって考えてるんでしょ?って言われるんだろうけど。

自分的には、全然違ってて。全くそういうこと考えていないのに、身体的感覚として、引きずり込まれるような感じ。どこか幻覚を見ているような感じ。他動的っていうか。

でも、もうそういう感覚に惑わされることはないんだと思ってた。

今、ベランダに出たがるこむぎに根負けして、ベランダにつきあってて(事故のないように見張るため)、何の気なしに、柵に凭れかかって下の庭を見たら(自室は2階)、またふわーっと地面に向かって引きずり込まれる感覚がして。

怖くて。それから、昔のことが想起されて、泣きそうになって。

すぐ泣きそうになるのも、やたらにイライラするのも、地面に引きこまれそうになるのも、要は、今また抑うつ傾向にあるってことで。

酷かったころのように、辛いことばかり考えて暮らしている訳じゃないから、全然楽なんだけど、やっぱりどこか不調なんだな、と。心は重くはないけど、ちょっと敏感になりすぎてて、でも一方で、こんなに天気がいいのに、気持ちが上がる感じがない。マイナスの方向には敏感に振れるけど、プラスの方には何か薄く膜がかかってしまっている感じ。

と、こうして自分の中を見つめていると、鼻の奥がつんとして涙ぐみそうになる。自分の心の動きを辿らない方がいいのかもしれない。

 

食欲と空腹感と飢餓感と

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食欲
食べたいという欲求。おいしいものが食べたいという欲求と、たくさん食べたいという欲求があると個人的に思っています。両方がある人とどちらかだけの人(質より量の人と量より質の人)がいると思います。ちなみにわたしは、量より質です。たくさんは食べれないので、おいしいものを食べられれば十分。

空腹感
「お腹が空いたなあ」という感覚。

飢餓感
「何か食べないとヤバい」という感覚。(個人的表現)

普通は、食欲があって、「あれ食べたーい」とかって思うと思うんですよね。食欲ある=かなり元気。
食欲があまりなくても、「お腹空いたなあ」っていう感覚はあるのが、特別元気な訳でもないけど特別具合悪いというわけでもない、感じ?
「お腹空いたなあ」とは思わないけど、「食べないとヤバいな」と感じるのは、かなり病的。

だと思うんですが。

わたしは、元来、食に対する欲求が非常に薄いんですよね。育ち盛りの小中学校の頃とか、自転車で片道8kmの通学をしてた高校生の頃とか、「お腹空いたよ!今日の晩ご飯何!?」って感じになってておかしくないと思うんですが、お腹空いたな、ぐらいは思っても、「晩ご飯何?」とか「あれ食べたい」とかほとんど思った覚えがないんですよね。これに関しては、母が働いていて帰宅途中に買い物を済ませてきているからリクエストのしようがなかった、ということと、何かをねだることは悪い子のすることと思い込んでいたことも影響しているとは思うのですが。

だったのに、さらに学生の頃、初めて抑うつ症状になって、全く食欲も空腹感もなくなりました。2日も3日も寝込んでいて、気づいたらコップ一杯の牛乳しか飲んでない、とか普通で。「これ以上何も食べずにいると立てなくなる」という《判断》をして、よろよろと起きてシャワー浴びて近所のコンビニでサンドイッチとか買ってきて口に押し込む、そんな生活。これはもう、飢餓感だけで物を食べてる状態でした。

鬱が再発して、もう10年以上。その間、食欲はもちろん空腹感も感じたことがありません。やはり飢餓感による《判断》で物を食べている状態でした。

昨年、双曲性障害では?という判断から薬を変えて、かなり体調がよくなり、ブログでも触れたとおり、こむぎの訓練も始めることができ、一緒にお散歩することで、より健康になっていっていました。やっぱり食欲はなかったけど、食べなきゃという気持ち+お腹空いたという感覚、ができていました。

それが、秋ごろからまた体調を崩して寝込むことが多くなりました。お散歩も飛び飛びになり。食事も買ってきたものを食べるのが精いっぱいになりました。

今年に入って、従妹を亡くしてからさらに体調は悪くなり、毎日毎日寝てばかり。飢餓感すら感じなくなり、「お腹が空いている」「これ以上食べずにいるとまずい」「気持ち悪い」「眠い」・・・これらの感覚が、どれがどれか、自分で分からなくなりました。「気持ち悪いから」食べてみようか。「眠すぎるから」食べてみようか。そんな感じで食べる。当然、何を食べてもおいしいとは思えません。まずいとも思わないけど、でも喉を通りづらくて、おえっとなりながら飲み込んだり、飲み物で流しこんだり。

生きる上では、「食べる」って基本中の基本だと思うんですが、そこが損なわれるっていうのは、本当につらいというか。というか、食べたいという気持ちがないから、食べれないことが苦痛なのではないのですが、気持ち悪くなるまで食べない(食べれない)からしょっちゅう気持ち悪くなるし、少し食べるとお腹が張りすぎて、そろそろ次を食べなきゃいけない頃になっても食べたくない、とか。

体調が悪いから食べれなくなり、食べれないからより体調が悪くなり、さらに食べられなくなる・・・・。どこかで、食べたくなくても食べれなくても、無理やり食べないといけないのかもしれません。まあ、体調がよくなれば自然と食べようという気になるかもしれませんが。そうであってほしいものです。

こむぎが重荷に?

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このところ少し体の、というか心の調子がよくありません。

夕方、4時を回るころから動悸がしたり、胸が苦しくなり息苦しい感じになったり。強い不安感や緊張感から、涙が出そうになったり。ついには「お散歩行きたくない」と思ったり。

いろんな要因が重なった結果だと思います。

一つは、週3回脚のリハビリに通うこと。リハビリ自体が負担なのではなく、リハビリの時他人の使った(他人の汗で汚れた)ベッドと枕を使うので、必ずシャンプーをしないといけないことが負担なのです。もちろん毎日朝夕のお散歩の時に汗だくになるので、シャワーは必ず浴びますし、シャンプーだって毎日のようにするんですが、やっぱりシャンプーをするのはちょっと気が重い。シャンプー自体は大したことではないけど、髪を乾かさないと疲れていても横にもなれないし、上がってすぐはドライヤーを使えない(また汗だくになるから)から、髪が乾いて寝られるようになるまで1時間は見積もらないとならないため、億劫になるんですよね。

そこへ持ってきて、リハビリを始める前からですが、こむぎから目を離す時はエリザベスカラーを着けなくてはならなくなっていたのがまた負担で。本当に負担に思ってストレスを感じているのはこむぎ自身だとは思いますが、それが分かっているので、できるだけカラーを外しておいてあげたい、着けたくない、と思うんです。カラーを着けていると、トイレもできないし水も飲めないので、この時期はそれも心配です。シャワーを浴びに行くときは、しばらく目を離すことになるので、カラーを着けなくてはならず、ついついお風呂に行くのが延ばし延ばしになったりします。

とどめが、夜のお散歩を今まで以上に遅くしたことです。ある日そろそろお散歩に行こうかという時、うちの前のアスファルトを触ってみたら、まだ結構熱かったのです。触っていられないほどではなかったけど、長く触り続けるには熱すぎました(こむぎは裸足でその上を歩くわけですから)。それで完全に日が暮れて、アスファルトが冷めてから行くことにしたんですが、そうすると、散歩→こむぎとわたしのご飯→お風呂→ドライヤーとすると、寝るのがとても遅くなってしまいます。とはいっても、普通に暮らしている方にとってはまだ寝るには早い時間に寝ているんですが、もう十年近く朝目が覚めたら突然起きられなくなってるということを繰り返す生活をしてきたので、まだいつもどこかで「明日起きれないんじゃないか」っていう不安が付きまとっているのです。寝不足で朝「あと5分」ってやってしまったら、ずるずると起きれなくなり、その日だけではなく、また起きられない日々が戻ってくるんじゃないかという不安と恐怖。そのために、なるだけ早い時間に寝たいのです。そこで、こむぎとわたしのご飯を済ませてから散歩に行くことにしました。

先々週の土曜日、ご飯を食べてからのお散歩を始めて二日目くらいだったでしょうか、散歩から帰るととても疲れていて、つい横になってしまいました。するとそのまま起きられなくなったのです。それこそ「あと5分」と繰り返しているうちに3時間ほど経ってしまいました。その日は昼間リハビリに行っていたので、シャンプーせずには寝られないと思っていて、でもシャンプーしてドライヤーをかけると思うと気が重くて、いっそこのままベッドカバーの上で寝てしまおうか、と思ったりもしましたが、そうすると、「そんなことしたら明日起きれなくなるかも」ととても怖くなり。怖さと億劫さとを感じながらずるずると過ごして、やっと「これじゃだめだ!」とシャワーだけ浴びて、枕にタオルをかけて自分をごまかしてベッドに入りました。

翌日日曜日の夕方、また同じことになるんじゃないかと思うと、本当に気が重くなり、泣きそうになりました。はじめは「泣きそう」と思うだけでしたが、とうとう涙が零れて、そこからは堰を斬ったようにわあわあと声をあげて泣いてしまいました。結局その日はお散歩をサボりました。

それからです。毎日夕方になると不安と緊張に襲われるようになったのは。

そろそろこむぎにご飯を食べさせないといけない。そのあと自分のご飯を食べないといけない。7時ごろになったら散歩に行かないといけない。散歩が済んだらシャワーを浴びないといけない。そのあと筋トレをしないといけない・・・

そう思うと、動悸がして息苦しくなり、不安のあまり泣きそうになってしまいました。「お散歩に行きたくない」とまで思うようになり、ついにはこむぎが可愛く思えなくなりました。

どんな時も、トイレをしている姿も、排泄物さえ愛しいと思うほど、こむぎがかわいくて仕方なくて、お散歩に行くのも、最初はこむぎは嫌だったと思うんですが(今は、こむぎもお散歩がうれしいみたいです)、わたしの方が楽しくなってしまって「さあ行こう!」って言っていたのに。

可愛くない、とまでは思いませんでしたが、こむぎを見るたびわき上がっていた「かわいい」という思いがなくなってしまいました。愕然としましたし、怖くもなりました。わたしはこむぎに飽きちゃったの?こむぎが嫌になっちゃったの?このままこむぎのことが煩わしくなっちゃうの?もうかわいがってあげられないの?

そのこともまた不安で不安で。

本当は今日の水曜日が定期の診察日だったのですが、それまでさえ待てず、月曜日にかかりつけの病院に行きました。状態を説明しているうちに、涙が出てきてしまいました。自分でも驚きました。もう長いこと、先生と話していて泣くことはなくなっていたから。

先生の判断は、また軽い抑うつ状態になっている、とのことでした。抑うつに対応する薬を出す代わりに、前回出してもらった自律神経に効く薬をやめることになりました。薬がたくさんになりすぎるから、とのことです。

抑うつの薬をまた出してもらってからまだ2日ですが、昨日は夕方になっても苦しくなりませんでした(こむぎが訓練所に行く月曜日はいつも夕方のお散歩は行かないので緊張しない)。しなければならない手順をスムースに進めることができました。

このまま落ち着いてくれればいいんだけど。少なくとも、こむぎを可愛く思えない、という気持ちはなくなったように思います。

ラピッドサイクラー

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ラピッドサイクラー。

何それ?って感じですよね。わたしも、最初「あなたはラピッドサイクラーだと思うんだよね」と医者に言われた時、正直「???」でした。

ラピッドサイクラーと言うのは、双曲性障害の中の一つと言うか。双曲性障害と言うのは、躁の状態と鬱の状態が数カ月単位、長ければ年単位で、交互にあらわれる気分障害です。この躁と鬱の周期が1〜2週間単位の双曲性障害をラピッドサイクラーと言うのだそうです。つまり、双曲性障害の中で少し特殊なタイプらしいです。

わたしは、長いこと『抑うつ状態』つまり、いわゆるうつ病と言うことで治療を受けてきました。基本の薬は抗うつ薬。

事実、再発してしばらくはひどいうつ状態で、何もないのにぼろぼろ涙が零れたり、何もやる気が起きなくて何時間も座り込んでいたりしていました。本当にひどいと、朝起きる気力もなくて、一日寝て過ごし、食事も取れず、夕方ごろまでトイレにも行けないありさま。

そういう状態で何年も過ごしているうち、2〜3日起きていられる日があり、3〜4日起きられない日が続く、という『周期』のようなものがあることに気付きました。そういう病態に変わったのかもしれません。そのため、なにか予定を入れても、その当日起きれるか起きれないかわからない、約束をするのが怖い、という日々が続きました。明日起きれるかどうかがわからないのですから。

仕事を辞めて実家に戻り、再発当初に診てもらっていた先生にまた診てもらうようになって、先生もそういう『周期』のある状態が、いわゆるうつ病とは少し違うんじゃないか、と思うようになったようです。

で、脳の血流を測って、うつ病か他の病気かを判定する検査を受けたりもしましたが、なんだかはっきりしませんでした。「うつ病の状態に近い」という結果で。

先生としては、双曲性障害ではないか、と思いつつも、ラピッドサイクラーにしても『周期』が短く入れ替わっていることがちょっと引っかかる点だったようで、双曲性障害と決めきることもできなかったようです。

双曲性障害かもしれないから薬を変えて試してみたい、と言われたのは去年の秋でしたが、当時はまだまだ元気がなく、4週間に一度の通院日も起きられないことがあり、母親に薬を貰いに行ってもらうだけ、ということが多々あり、直接話をする機会がなく、ずるずると先延ばしになっていました。

年が明けたころから、なんとか自分も病院に行けるようになり、1月の終わりにラピッドサイクラーに有効と言われている薬を出してもらい始めました。

そうしたら。飲み始めてすぐ、2月の初めには1週間〜10日くらい、寝込む日がないまま起きていられる日が続いたのです。同時に気力みたいなものも少し湧いてきて、こむぎの為に訓練所に問い合わせをしようと思えたのも、そのおかげです。

結果として、双曲性障害の薬を飲み始めた→体調改善→こむぎの訓練を始めた→生活リズムの改善→体調改善、と薬とこむぎの訓練との相乗作用で、すごく体調がすっきりしました。

眠くなる作用の強かった抗うつ薬をやめたこともあり、今では朝6時半に起きられるようになりましたし、起きたはいいけどぼんやり過ごす、というようなこともなくなり、ご飯食べて、洗濯して、掃除して・・・と一日家事をして過ごせるようになりました。まだまだ体力的にも精神的にも、日常生活とこむぎの世話とで精一杯のところはありますが、それでも、この冬までは起きられない日がたくさんあったことを思うと、2月以降、ものすごく体が楽になりました。

わたしの場合、初めから双曲性障害だったわけでもないような気はしますが、もう少し早くに双曲性障害を疑って治療を変えていたら、もっと早くに改善したのかなあ?と思わなくもありません。長い間治療を続けるなかでは、いろんな種類の抗うつ薬を試して、でも効果が出なかったので。ただ、『周期』がラピッドサイクラーとしても短すぎて、お医者さんもはっきり双曲性障害と決められなくて、ずるずるとうつ病の治療を続けざるを得なかったんだと思います。

ラピッドサイクラーではないか、と判断して、薬を変えることを考えてくれた先生にはとても感謝しています。これまでもなんとかわたしの病気を良くしようと考えて、いろんな薬を試してくれた先生ですが、それにとどまらず、うつ病以外の可能性も考えてくれたわけで、またそれがたぶん(今のところとても調子がいいので)当たっていたのですから。

精神科医療については、多剤投与などが問題視され、「薬が病気を作っている」「精神科に殺される」なんて批判もネットなどではよく見ます。それも素人だけではなく、医療ジャーナリストや医者がそう発言していて、ふと不安になったりもしました。わたしの場合は、先生に恵まれたんだとは思いますが、そういうネットなどに溢れた情報を鵜呑みにして、素人考えで断薬や減薬をすることには、わたしは懐疑的です。医者を盲信するのではなく、いろいろ話をする、聞く、というのが大切で、話を聞いてくれない医者はやめた方がいいのかな?とは思います。精神科医療すべてを拒否するのではなく、ちゃんと話を聞いて、やたらと薬に頼らない先生を探すといいのかな、と。そういう先生は少ないのかもしれませんが。

「死ねばいいのに」

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最近、何の前触れもなく脳裏に浮かぶフレーズ。

それが、「死ねばいいのに」です。

本当に脈絡なく浮かびます。誰かに対して思うのでもないし、当然自分に対して思うのでもありません。ただ、このフレーズが浮かぶ。きっかけがあるわけでもありません。テレビで何か気に入らないことをいう人がいたとか、お母さんと会っちゃってイラっと来たとか、そういうこととは関係なく、無意識下から意識の上に、ぽかっと浮かびます。まるで、水底から何かのガスでも水面に浮かび上がるみたいに。

もっと言えば、たとえばインスタントラーメンを作って、さて食べようとすすり始めた途端、ぽかっと「死ねばいいのに」と思うんです。本当に、自分でもなんで、何に対して、そういうフレーズが浮かぶのか皆目見当がつきません。

ほんの数か月前まで、そんな風に浮かんでくるフレーズは「死にたい」でした。大量服薬をして自殺を企図したことも数回あるくらいですから、切実に死にたいと思っていた時期も、過去にはもちろんあります。でも、自殺を図って入院して、そのまま仕事を辞め、就活も考えなくなって二年。いつの間にか、本当に死にたい切実さは薄れ、ただのフレーズとして浮かんでくることが多くなっていました。

それが気がつくと、「死にたい」というフレーズが浮かんでこなくなりました。そして、「死ねばいいのに」というフレーズが浮かぶようになっていました。それが、心の病みが少しはマシになった証左なのかは分かりません。実際、自分を責めて「死にたい」と思うことと、対象がなくても「死ねばいいのに」と思うことと、どちらが精神的な病みがマシになったと言えるのか、分かりません。

それでも、浮かぶフレーズが変わった背景には、一つは自殺企図から二年が経過したということ、もう一つには犬と暮らすようになったことがあると思います。どちらか一つでは何も変わらなかったかもしれません。犬と暮らし始めて3ヶ月、犬と暮らしたおかげで生活が改善したのは事実ですが、じゃあもっと早くから犬と暮らしていればもっと回復が早かったかと言えば、それは分かりません。というより、もっと早い時期だったら犬の世話をすることすらできなかったんじゃないかと思うのです。だから、タイミング的によい時期に犬を迎えたのだと思います。一方で、犬を迎えないままでいたら、やっぱり今も自分には生きる張合いとか、そういうものがなくて鬱々と日々を送っていたと思います。

いつか「死ねばいいのに」というフレーズさえ浮かんでこなくなる日が来るといいのですが。

わたしは途方に暮れている

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わたしは途方に暮れている。

なぜか。『親という名の暴力』という本を読み終えたから。この本は、親からの精神的虐待を受けて、精神を病み、境界性人格障害を生きてきた女医が、自らの体験をひも解いて綴ったものだ。

正直、読んでいて、辛かった。その一方で、「そうだよ、わたしもそうだったんだよ」と強い共感を覚えた。むしろ既視感といってもいい。

わたしが『抑うつ神経症』と診断されたのは、2度目である。初めの発病のきっかけは、端的に言って留年という生涯初めての挫折である。ひどく自分を責めた。自分はダメ人間になった、と思い込み、病気であることに自身も親も長く気付かなかった。それでも、この時は医師とカウンセラーとが、ひどく上から目線で、わたしとは合わず、受診を辞め、ただひたすらにもう二度と留年をしたくない一心で大学院に通い、泣きながら実験をして泣きながら電車に乗り、そして病気を克服した。

再発したのは、家族関係の問題だった。そのため、孤立無援になり、ひどく絶望した。自ら、これは鬱状態にある、と認識して精神科の受診をはじめ、今に至る。

そうする中、きっかけとなった事柄だけではなく、幼いころから、母親に対してひどく臆病で承認欲求が強かったにもかかわらず、ほぼまったく認めてもらえなかったことが思い出されてきた。そして、悲しいことに、どんなに思いだそうとしても『心楽しかった思い出』は全く思いだすことができなくなってしまった。

人は、嫌な思い出ほど記憶しやすいという。嫌なことほど思い出し、思い出してはその時の嫌な気持ちをなぞる為、さらに嫌な気持ちが増幅され、より強く記憶されるのだという。実感として、それはとても分かる。楽しかった思い出も確かにあるはずなのだと思うけれども、どうしても思い出せない。旅行に連れて行ってもらったことなどの記憶自体はあるが、その時に親の目を気にして行動した重圧だけを思い出し、楽しかった感覚は甦って来ない。

『親という名の暴力』の中にも、家族旅行をしたときの思い出の、楽しかったこともあるはずなのに思い出せず、両親から不快な思いをさせられたことばかりが思い出される、という記述があり、非常に得心した。

で、まあ、いろいろ思うところはあるわけだが、なんで今、途方に暮れているかというと、母に対してどう接してよいか分からなくなってしまったからだ。

父には、「それでも親か!」と泣きながら訴えた時に、「親じゃないと言われたら、確かに親じゃないかもしれないが」と、父自身が『親』であることを投げ捨てた時に、一切関わりをもつまいと決め、今も同じ屋根の下に暮らしてはいても、会うことはない。

だが、母は、わたしが発病したのは親のせいだ、というわたしの主張を認め、謝ってくれる。日常の生活の世話もして貰っている。『親という名の暴力』の筆者の母が、筆者を傷つけたことを認めようとしないのとは裏腹である。だから、わたしは、母を恨みきることができない。母が、わたしの望むとおりの愛情を注いでくれなかったのは、母自身、両親から愛情深く育てられていないせいだと、わたしも思っている。だから、途方に暮れるのだ。どう接していいか分からない。

わたしが病気のために苦しんで、社会的にも落伍してしまったのは、母のせい(もちろん父のせいでもあるが)だと思うけれども、そう言ってこれ以上母を傷つけてしまうのは、気の毒に思える。だが、一方で自身が立ち直るためには、両親への恨みをしっかり抱え直さなければならない、とも思う。

このもやもやした気持ちを、母に打ち明けること自体、母を傷つけ追い詰めるような気がして、ためらわれる。しかし、一人で抱え込むことも、正直辛い。

まったく、途方に暮れる。
 

当り前のことが、当り前にできること

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お手洗いに行きたいと思ったら、シュッと行ける。コーヒー飲みたいと思ったら、シュッと豆を挽きに行ける。

そういうの、すっごく当たり前のこと、だよね?

でも、今のわたしにとっては、「元気のある日」にできること。『普通の体』だったら、いえいえ、昔のわたしにだって、当り前のことだったのに。今は、おトイレに行けただけで、「あ、今日元気なんだ」って思う。

当り前のことが当たり前にできるって、なんて幸せ。健康でいるって、素晴らしい幸せ。

病気になって、病気そのものも辛かったし、病気のせいで仕事とかちゃんとできなくて、社会的に疎外されてしまったり、辛いこと、一杯あった。今も、まだまだ全部は解消できてない。

それでも、病気になって初めて知ったこともある。たとえば、上記の『当たり前のことが当たり前にできる幸せ』。たとえば、『弱者』の気持ち。

わたしは、高校卒業、いや、大学入学までは、いわゆる『勝ち組』だった。勉強が分からない、ことが分からなかった。だから、『わからない』人のことを、「人それぞれに得意分野が違っていいんだから」と考えながら、どこかで見下すイヤな自分がいた。「何でそんなことも理解できないの?」といらつく自分もいた。そういう自分は、今も自分の中に残ってはいる。

でも、自分が『弱者』になってみて、初めて『できない』ことの意味を知った。それは、とても大きな代償と引き換えに知ったことではあるけど、だから、病気になってよかった!なんて絶対言えない、病気になんてならずに済んだ方がずーっとよかった、でも、やっぱり病気になって知ったこともあるから。100%悪いことじゃないんだな、って思う。

トイレに行きたくなること。お腹がすくこと。コーヒーを入れられること。本を読めること。

取るに足らないそういうことができるだけで、「ああ幸せ」って思える。他人から見たら、さみしい人生かもしれない。でも、やっぱり自分で「ああ幸せ」って思えるって、やっぱり幸せなんだと、思うんだ。

まだまだ、起きようと思うことすらできない日が襲ってくると思う。すぐにはいつも幸せではいられない。けど、ちっちゃい、当り前の「幸せ」を数えて、昨日より今日、今日より明日、元気になっていきたいな。ってか、なるよ。きっと。だって、なりたいから。

元気になりたい。その気持ちを持てなくなった時、終わるんだと思う。わたしは、終わらない。終わりたくない。自ら命を断とうとしたこともあったけど。今でも、辛いときは脳裏に「死にたい」ってリフレインが続くけど。でも、死なない。生きたい。幸せになりたい。なる!なる、きっとなる。

けど、こんな風に言えるのも、一番つらい時期を何とか生き永らえたから。タイトロープから落ちてたら、こんな風には言えない。タイトロープから落ちてしまった人を責めることは、わたしにはできない。彼らは弱くなんかない。必死で耐えて耐えて耐えて、力尽きてしまった人。辛かったでしょ?よく耐えたね?そう言ってあげたい。もう届かなくても。

今、タイトロープから落ちてしまいそうな人には、かける言葉がないけど、でももう少し、もう少し先へ行けば、道が開けるかも。そう伝えたい。辛いときは、立ち止まり、しゃがみ込んでもいいんだよ。タイトロープを渡り続ける必要はないんだ、落ちなければ、降りたっていいんだ、って言うかな。

頑張らないでね。タイトロープを渡る人たち。そして、わたし。
 

体の病気と心の病気

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体の病気で、力尽きて死ぬ人は、同情される。「よく頑張ったね」って泣いてもらえる。

心の病気で、力尽きて死ぬ人は、非難される。「どうしてもっと頑張らなかったんだ」って。

おんなじ『病気』で死ぬのに、どうしてそんなに差別されるのかな?

辛くて、辛くて、辛くて。耐えて、耐えて、耐えて。でも、力尽きて、病気に殺されても、外から見れば『自殺』だから、「死ぬ気になったら何でもできる」「何で死んだんだ」って怒られる。「生きたくても生きられない人に申し訳なくないのか」って言われる。

死にたくて死ぬ人なんて、いないのにね。分かって貰えないことが、何より辛い。
 
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