どこまで行ってもボンボンやな

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たまたまつけっぱなしになってたチャンネルで、『ボンボンお嬢と呼ばないで』っていうのをやってまして。まあ、ついつい見てしまったのですが。

番組自体の内容は、まあ措くとして。

番組の中で、芸能界のボンボンとして出演していた月亭八光さんが言った言葉が印象的で。

大体のところを言うと、「親というのは間違ったことを言わない。アカンことはアカン、えいことはえいと、ホンマのことを言うてくれるのは、親だけ」ということなんですが。

はああああ(溜息)そういうことを言える時点でまったくのボンボンであり、脱ボンボンなんて無理、一生ボンボンから抜け出せないよね、と思いました。

世の中には、間違ったことを言う親はいくらでもいて、「あんたのため」と言いながら、結局は自分のためだったり、あるいは自分の価値観を押し付けてるだけだったりする親の方が多いわけ。

うちの親もそう。直接「あんたのため」とは言わなかったけど、たとえば「歴史なんか(大学で)勉強しても先生にしかなれん」とか言われて、先生にだけはなりたくなかったわたしは、歴史が大好きだったけど、進学先には選べなかった。

そういうのの何が恐ろしいかって、実態は親にそう仕向けられてるのに、自分では、『自分の意志で選んだ』と思ってること。わたし自身、親との関係が壊れ、というか実は元々まともな親子関係じゃなかったことに気づいて初めて、進学先や専攻を自分の意志ではなく、親の価値観に沿って決めていたことに気付きました。自分が本当にやりたかった事は全然違うものだったのに、親の価値観に沿って、無難な選択をしてた。

子のためを思わない親はいない、とか、親は子供にとって一番いいことは何かを考えていてくれるんだから言うとおりにしてたらいい、とか。よく聞くけど。そんなの、親側の勝手な言い分ですからね。子供に対する愛情のない親はいない、とか言える人は親に恵まれてる人だけ。自分自身に対する愛情しかない親なんていくらでもいるから。それを「子供のため」って言葉を隠れ蓑に押し付けてるだけの親なんていくらでもいるから。騙されたらダメ。

京大入試に関する報道を見て

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今朝、家を出る間際。TVでは、件の京大入試カンニングの受験者像について、専門家らしき人が語っていた。ネットに書き込まれたaicezukiなるHNの書き込みを総ざらいして、曰く、「稚拙」、「『無理せず』という書き込みは、自信の無さの表れ」、「社会への恨みつらみが見て取れる」…専門家だかなんだか知らないが、そんな分析で一体何が解き明かされるというのか。わたしだって、しょっちゅう他人にも自分自身にも「無理しないで」と書き込んでいる。確かに、わたしは自信なんて無い。でも、自信の無いコトはそんなに悪いコトか?身の程知らずの自信の方が危うくないか?文字列を眺めて、一体かの人の何を分かったつもりになっているのか。カンニングは不正だ。でも、犯罪というほどのコトか?徒らに、犯罪者を1人生み出して、何の益があるのか。心の内を暴き立て、非難して何になる。心を読み取ったなら、その闇や痛みに寄り添うのが、分別ある大人のすべきコトではないのか?朝から暗澹たる気持ちになったよ。

『前を向いて歩こう』

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『誰も知らない泣ける歌』・・・初めて見た。

『前を向いて歩こう』・・・名曲『上を向いて歩こう』の替え歌。

前を向いて歩こう 涙がこぼれたっていいじゃないか


一人ぼっちじゃなかった夜


涙が零れて止まらなかった。
アタシは、泣いちゃいけなかった。一人ぼっちの夜、たった一人で泣いていた。
泣いて泣いて泣いて。でも、家族の事情だから、他人から見たらたいしたことじゃないから、だから、誰にも何にも言えずに、一人ぼっちの夜に泣いてた。
孤独だった。誰にも分かって貰えないって思ってた。
この世界中に一人きりで、一人きりで死ぬことだけを考えてた。誰にも迷惑掛けないように。
辛かった。でも、昼間は「辛くないよ」って顔してなきゃいけなかった。大学行けなくって、先生に迷惑いっぱい掛けて、だから、いつも申し訳なくて、辛かった。
だから、一人ぼっちの夜、一人っきりで泣いてた。
Rちゃんが、「それは辛かったね」って言ってくれるまで、一人ぼっちだった。

一人ぼっちじゃなかった夜


羨ましかった。

涙が零れてもいいじゃないか


なんだか救われた気がした。
泣いてもいいんだね。泣きながら歩いてもいいんだね。

一生消えない傷

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『はみだし刑事』を観た。高見が牧に言った台詞で思わずボロボロ涙が零れた。「傷は治る。でも傷痕は一生消えない。」高見は牧に、傷ついた奴にしか解らない痛みがある、そんな奴にしかできない刑事の仕事があるって言いたかったんだけど。
傷は一生消えないんだって分かってくれてる人がいるって思ったら泣けたんです。少なくともあの台詞を書いた人は、傷は一生消えないって分かってくれてる。
アタシの腕の傷は一生消えない。もう痛むことはないけど、心についた傷の証だから。
母にその話をしたら「それだけ辛い思いをしたということやね」って。ごめんね、ママ。ママに思い出させるつもりじゃなかったんだよ。ホントにごめんね。

『赤い運命』にはまる

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先日、三夜連続で放映された『赤い運命』にはまってしまいました。
前住んでた部屋は、テレビが見れる部屋が独立していて、
ご飯を食べながらテレビを見る、ということができなかったんですが、
っていうか、今度の部屋もそうなんですが、
まだ引越しの荷物が片付いてないせいで、和室を居間兼寝室にしています。
で、食事をしながらテレビが見れるので、
最近、久しぶりにテレビを見ているんですが。

で、『赤い運命』ですよ。
なんなんですかあ、あの設定は。
怒涛のごとく事件が起きる起きる。
娘の入れ違いだけでもドラマなのに、父親は検事と殺人犯。
検事は、殺人犯が殺した相手の息子を引き取っている。
その息子と殺人犯の娘として引き取られた検事の娘が愛し合う。
うわん、どろどろですよ。
結局、どうおさまりをつけるのか、と三夜きっちり見てしまいました。

でね。思ったんですけど。
やっぱり、『国家』って、得体が知れなくて、個人を虐げるんですよね。
ホントは、『国家』って、国民を守ってくれるはずじゃないですか。
でも、現実には守ってくれない。
満州でも、沖縄でも、本土の空襲でも・・・
『国家』をバックにしょった軍人とかが、民間人を見殺しにしたり、
ひどいと直接手を下してたりするわけですよね?
そういうのってどうなんでしょう?
(軍人さんがみんながみんなそうだったって言ってるんじゃないですよ)

前に、『国家』は『親』みたいなものだから、嫌いだなんてとんでもない、
って言われたことあるけど、ほんとに親なら、
命がけで子供守ってくれませんか?
まあ、いまどきの親は、虐待して殺しちゃうから、一概に言えませんけど。
親だから敬えって意味かしら?
でも、理不尽な親なら敬えないわ。
それって、不遜かしら?

『国家』って、いつもいつもいい顔をしてくれるわけじゃない。
むしろ、何か得体の知れないことをやっていて、
そのために、個人が苦しむことがある。
だから、ちゃんと見てなきゃダメだって思うんです。
だから、わたしは『国家が嫌い』というスタンスでいるしかない。
変なことをしないかどうか、いつも監視してなきゃいけないと思うんです。
そうしないと、今の時代が、後世に、
『戦前』って呼ばれる日が来る気がして。
なんか、きな臭いんですよね。

あーあ。また、いろいろ虐められるようなこと書いちゃった。
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